樋口久子〜女子プロのフロンティア
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女性プロゴルファーの先駆者、樋口久子プロについてお話します。

樋口久子プロはJGA認定の女子プロゴルファー第1期生であります。
また、アメリカツアーで日本人女子として初めて優勝した方でもあり、また2000年ゴルフ世界殿堂入りも果たされた、日本女子プロゴルフ界の第一人者です。
ゴルフにあまり詳しくない方も「樋口久子」プロのお名前だけは耳にされていると思います。
1967年に関東プロゴルフ協会の中に女子部が創設、その年の10月にプロテストを行い、
受験者26名全員が合格しましたが、その中の一人が樋口久子プロです。
第一回女子プロ選手権が1968年の7月に行われ、栄えある初代チャンピオンが
樋口久子プロでした。
同年12月には女子オープン(当時はTBS女子オープン)が開かれ、
この大会でも樋口久子プロが優勝。
もちろんオープン大会であったために、「プロに一泡吹かせてやろう」と意気込むアマを
尻目に、また当時は「女子がゴルフとは」という世間一般の風潮の中、見事優勝の座に
ついています。
ここから日本女子プロは7連勝を含む通算9勝、日本女子オープンは同じく4連勝を含む
通算8勝と“樋口時代”を築いています。
師匠はあの中村寅吉プロ。
「グリップからスタンスの取り方、コース攻略まですべてを学びました。」
この当時は女子プロの大会は今と違って年2〜3試合しかなく、1970年から同僚の佐々木マサ子プロとともに4月〜6月までアメリカ遠征に
出かけるようになります。
参戦初年度の成績は、全米女子オープンこそ1打足りずに予選落ちしたものの、
最高位9位、最低でも25位という大健闘を見せます。
樋口プロのスイングは「スウェイ打法」、アメリカでは「マグネティックスイング」
と呼ばれました。
クラブフェイスが磁石のようにぴったりとボールに吸い付く、という誉め言葉でもありました。
樋口プロがアメリカで勝利を挙げたのは参戦8年目。
場所は全米女子プロ選手権(サウスカロライナ州のベイトリー・プランテーション・コース)。
初日、樋口プロは71で14位タイ。
2日目はこの日全選手中のベストスコア67をマークし、一気に首位タイに躍り出ます。
3日目もパットに苦しみながらスコアをまとめ、首位を堅持。しかし、
下位の選手がスコアを伸ばし、4打差の中に9人の選手がひしめく混戦となりました。
最終日、スタート前に以前、3日目に首位に立ちながら自滅して崩れた逆転負けの
反省から「絶対スコアボードは見ない」と言っていたが、15番ふとした瞬間に
スコアボードの一番上に自分の名前を見つけてしまい、そこから"しびれ"ながら
何とかプレーし、3アンダー、通算9アンダーで優勝!
「こんなうれしいことはありません。本当に優勝したんですよね。私だけでなく、
日本ゴルフ界にとっても大きな名誉だと思います。」
とAP通信に語っておられます。
日本人男子プロのメジャー制覇は?
丸山茂樹プロか?
伊沢利光プロか?
片山晋吾プロか?
それとも、石川遼プロ?
それぞれ、世界に通用するスイングとタフネスさを備えつつあると思います。
いまだ、日本男子プロのメジャーでの最高位は1980年の全米オープン。
今も語り草となっている、"帝王"ジャック・ニクラウスを相手に死闘を演じた
青木功プロの2位が最高。
誰もが願っています。ガンバレ、ニッポン!
